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天声人语(2015年12月)

天声人语(2015年12月)(天声人語)話が通じなかった1年落語の「粗忽(そこつ)長屋」は奇妙な噺(はなし)だ。

十八番(おはこ)にしていた五代目柳家小さんに言わせれば、八五郎は気が短くてそそっかしい。

兄弟分の熊五郎は気が長くてそそっかしい。

この2人が繰り広げる不条理劇である▼浅草の観音様からの帰り、八五郎は行き倒れに出くわし、「熊の野郎だ」と思い込む。

しかも「当人」を連れてきて身元確認させると言い出す。

荒唐無稽だ。

「おめえ、昨夜(ゆんべ)死んでるよ」。

八にそう言われ、熊も次第にそんな気になる。

そして2人で遺体を引き取りに……▼長屋にいるのに路上にもいる。

生きているのに死んでいる。

明白な矛盾が見えない2人。

当然、町内の世話役たちとは話が全く通じない。

不気味といえば不気味な世界を、抱腹絶倒の一席に仕立てるのだから、落語という芸術は奥深い▼話が全く通じないといえば、今年1年の日本もそうだった。

安保法制をめぐる違憲合憲の論争は交わらなかった。

米軍基地の移設問題をめぐる沖縄県と官邸との対立も同様だ。

粗忽者がいるのかいないのか、言葉の通い路が失われていた▼落語に戻れば、熊五郎は最後、「自分の」遺体を持ち帰ろうと抱きかかえる。

訳がわからなくなってくる。

「抱かれてんのは確かに俺だが、抱いてる俺は一体誰だ……」というのが、この噺の下げである▼やっと矛盾に気づく瞬間。

藤山直樹著『落語の国の精神分析』によれば、「人間という考える葦(あし)が再び芽ぶく瞬間」だ。

年が改まる。

葦が芽ぶき、少しは話が通じるようにと願う。

(天声人語)師走の言葉から:朝日新聞デジタル今年の漢字に「安」が選ばれたことに何を思うか。

異論反論を含め、人それぞれの感慨が語られた、師走の言葉から▼安保関連法は海外からも注目を集めた。

米国の著名な憲法学者ブルース・アッカマンさんは、安倍政権が日本国憲法の原則を壊すなら、米国世論の支持を失うと予想する。

「米国にとって日本のリベラル民主主義への忠誠こそが戦後日米関係の基礎だったからだ」▼温暖化対策の国際会議COP(コップ)21が「パリ協定」を採択。

議長を務めたファビウス仏外相は、合意づくりの勘どころをおさえていた。

「すべての国が百%を要求すれば、結局は全員が0%しか得られない」▼指揮者でピアニストのダニエル・バレンボイムさんは、ユダヤ人としてベルリンに拠点を置く。

他民族を排斥する「国粋」的発想の危うさを説き、「本物の自信と誇りは、他者との比較からは決して育ちません」と語る▼夫婦同姓制度を合憲とした最高裁判決を、元最高裁判事の泉徳治さんが批判した。

「少数者の人権を守ることができるのは裁判所しかないのです」。

結婚後も旧姓のままでいたいという女性はまだ少数派であり、多数決原理に立つ国会には法改正を期待しにくいからだ▼多くの人を失明から救い、ノーベル医学生理学賞に輝いた大村智さんは、ストックホルムでの授賞式後に語った。

「薬が実際に使えるようになるには何百人、何千人がかかわっている。

実際はみんなで表彰されなくてはいけないと思う」。

謙虚な姿勢がまぶしい。

(天声人語)巨大グラブで夢をつかむ:朝日新聞デジタル奈良の東大寺のホームページを開き、創建期の歴史を読む。

聖武天皇は大仏を造るにあたって、広く国民に呼びかけたと書かれている。

賛同してくれるなら、「一枝の草、ひとつかみの土」を持ち寄って欲しい、と▼ふつうの人々の協力とつながりで大きな事業を成し遂げる。

この聖武の考えと、自分たちの志が一致した。

奈良県大和郡山市で野球のグラブ工房を営む梅原伸宏さん(51)は、そう考えている。

26日、大仏の右手に合わせた高さ3・6メートルの巨大なグラブを東大寺に奉納した▼東日本大震災後、用具を失った被災地の球児らにグラブやボールを届ける活動を続けてきた。

本業を通じ、野球部を指導する先生方の知己が各地に多かった。

これを生かし、中古グラブなどの寄付を募った。

プロ球団からの寄贈もあった▼去年、被災地の中学の先生から相談を受けた。

まだ仮設住宅から通学する子も多いのに震災の記憶は風化しつつある。

何かできないか。

ならばと、「大仏グラブ」のプロジェクトをスタートさせた▼材料の牛革を野球少年らが一針一針縫っていく。

参加者は2千人以上に。

慰霊と復興祈願の法要を重ねる東大寺も協力を惜しまなかった。

「一枝の草……」の現代版と理解されたのでは、と梅原さんは言う▼グラブは来年1月9日まで大仏殿に置かれ、3月11日からは福島県いわき市で展示される。

「みんな、大仏グラブで夢をつかもう」。

そこには同時に「震災を忘れないで」というメッセージも込められている。

(天声人語)冬の月に誘われて:朝日新聞デジタル冬の月は季節はずれで、見上げる人もないと徒然草にある。

確かに月見といえば秋。

もっとも兼好法師はこうも書く。

「もののあはれは秋」と人はいうけれど、冬の景色もまた決して秋に劣らない、と▼先日のクリスマスはどうだったろうか。

今年最後の満月となった。

25日の夜に満月が見られたのは実に38年ぶりという。

次回は2034年というから貴重だった。

季節はずれなどと背を向けず、天空を仰ぎ見た方も多かっただろう▼当方あいにく機を逸したので、一日遅れの対面を試みた。

凜(りん)として美しかった。

満月だけを見ればいいというものではないとは、これまた徒然草の名高い一節。

李白の「静夜思(せいやし)」も浮かぶ。

寝台の前にさす月光を見て、地上におりた霜かと疑う名詩だ▼寒月に誘われ、『月の魔力』という、やや古い本を手に取った。

米国の医学博士の研究で、潮の干満を起こす月の引力が人の行動や感情にも影響するという。

例えば満月の頃は人の攻撃性が増し、暴行事件が多発する。

本当なら驚きだ▼逆に半月の頃は緊張が解け、不注意による交通事故が多いという分析が日本にあるとも聞く。

新月、三日月、上弦の月……。

満ち欠けに連れ、謎めいた何らかの力を地上に及ぼしているのだろうか▼月への視線は様々だ。

大きすぎ熱すぎる太陽に比べ、月は何とつつましく清冽(せいれつ)で懐かしいか。

編集工学者の松岡正剛(せいごう)さんはそう見立て、月を擁護する。

「太陽は野暮(やぼ)、月は粋」と。

凍(い)てつく夜空にかかる月はまさに粋だ。

(天声人語)ビートルズとインターネット先頃亡くなった作詞家、岡本おさみさんの歌に「ビートルズが教えてくれた」がある。

うじうじと日陰で腕組みするより、「もっと陽気であっていいんじゃないか」、そう教わったと。

英国の元不良少年が作ったバンドは、音楽そして振る舞いを通じ、世界の若者に多様な影響を与えた▼解散後40年を超えるが、今も話題を提供し続ける。

今年は往年の映像をまとめた音楽ビデオ集が売り出され、ビデオの活用も彼らが先駆だったのだと印象づけた▼もっとも当時の主役はあくまでレコード。

音楽家は録音契約なしには出発点にも立てなかった。

ビートルズも苦労したが、彼らを認める人が業界にいて、何とか世に出た▼音楽をのせる媒体は刻々と変化している。

現在の主役はインターネットで、中でも定額料金で聴き放題になるサービスが伸びている。

ビートルズの曲は長く提供されていなかったが、24日から加わった。

英BBC放送は「イエスタデイ」すら知らない英国の若者たちを伝える。

ネットに背を向けて音楽ビジネスは成り立たないということか▼ネットは音楽の敵か味方か、そんな議論も起きている。

「演奏者に正当な対価が払われていない」との批判がある。

その結果良いものが生まれにくくなるのではないかと。

一方で無名の人が作品を公開する機会が増えるとの声もある▼形はどうあれ媒体は、才能を見つけ育てる場であってほしい。

世界を変える可能性を秘める音楽が、今もどこかで生まれていると信じるならば。

(天声人語)年の瀬の「忙と怒」年の瀬は師も走る忙しさ、などという。

だが「暮しの手帖」の名物編集長だった花森安治は言っていた。

「年末だから忙しいときめてかかるあたり、新聞や放送のアタマは、一見新しいようで、じつは大変な紋切型の古さかもしれぬ」▼忙しいから気が急(せ)くのか、気が急くから忙しいのか。

身はそれほどではなくても心は追われる。

「忙」の字は心を亡(ほろ)ぼすと書くから注意がいる。

いらいらや不機嫌で、感情制御の堤防は低くなりがちだ▼世間を眺めると、どうやら中高年の男性が、師走に限らずキレたり怒鳴ったりしがちなようだ。

バスで高齢男性に席を譲ろうとしたら暴言を吐かれた――。

中学生の声欄への投書に反響が相次いでいる▼慰める人。

同じ老人として恥ずかしいと謝る人。

人間を知るのにいい経験をしたと説く人。

ともあれ善意に怒気が返ってきたショックは、少年には大きかったに違いない▼木偏に冬と書くヒイラギを思い浮かべる。

その葉には鬼の目を刺すという鋭いトゲがある。

おもしろいことに、年輪を刻んで古木になるとトゲは自然に消えていくそうだ。

つまり角がとれて丸くなる。

あやかりたいが、人間、なかなかそうはいかないらしい▼喜怒哀楽の「怒」は大切な感情ながら、ぎすぎすと周囲の空気を凍りつかせてはいけない。

いらいらや不機嫌は伝染力が強く、忙(せわ)しなさは感情の沸点を下げがちだ。

さて当方も中高年の一人。

いつも追われているような時代だが、心はゆるやかに今年を締めようと思う。

(天声人語)両陛下と戦争の悲しみ:朝日新聞デジタル神奈川の三浦半島に「戦没船員の碑」がある。

戦時中、多くの民間船が軍に徴用されて敵に沈められた。

44年前、激しい雨の中での除幕式に、当時は皇太子ご夫妻だった天皇、皇后両陛下の姿があった▼美智子さまは歌を詠まれた。

〈かく濡(ぬ)れて遺族らと祈る更(さら)にさらにひたぬれて君ら逝(ゆ)き給(たま)ひしか〉。

父母や妻子の名を呼びながら海に消えた人々への、痛切な哀悼がにじむ。

同じ心痛を、天皇も分かち持たれていると知った▼82歳の誕生日を前に、民間の船員への思いを切々と述べられた。

「輸送船を守るべき軍艦などもない状況下でも輸送業務に携わらなければならなかった船員の気持ちを本当に痛ましく思います」。

犠牲者は6万人を超す▼戦後70年だった今年を、「様々な面で先の戦争のことを考えて過ごした1年」と振り返られた。

そして「先の戦争のことを十分に知り、考えを深めていくことが、日本の将来にとって極めて大切なことと思います」。

うなずいた方は多かろう▼両陛下は年明けに、先の戦争で激戦地となったフィリピンを訪問する。

その戦場で死線をさまよった作家の大岡昇平は今日が命日だ。

代表作の一つ『野火』の名高い一節が胸に浮かぶ。

「戦争を知らない人間は、半分は子供である」▼戦後生まれの「半分子供」が、人口の8割を占める時代になった。

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