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日语翻译(1.9.2)--(新)人称代词与指示代词的翻译

第九课 人称代词与指示代词的翻译
一、翻译句子
1. 春の色彩は,桃色であろうと薄紅であろうと,そういう考え方からすると一様に「におい」ものといえるかも知れない。

2. 私は、この互いの交流と理解を象徴する桜と牡丹に祝福を捧げたい。

その花が、根を下ろし、芽を吹き、花を咲かせることを願ってやまない。

3. しかし、そのために、中にこめたわたしの思い、この作品の象徴する世界が、かえって多くの人の心に通うものらしい。

だれもが、自分が歩いた道としての感慨を持ってみてくれるのである。

4. 四月十日ごろだったか、その夜が十五夜であることを確かめて、京都へ向かった。

5. わたしは春を確かめるような気持ちでいくつも芽を摘み取ったり、手のひらにこすり付けたりしました。

そして木の芽のにおいをかいで、季節を感じるなんて、わたしひとりだろうと思っていました。

二、翻译短文
ひとすじの道が、私の心に在った。

夏の早朝の、野の道である。

青森県種差海岸の、牧場でのスケッチを見ているとき、その道が浮かんできたのてある。

正面の丘に灯台の見える牧場のスケッチ。

その柵や、放牧の馬や、灯台を取り去って道だけを描いてみたら——と思いついた時から、ひとすじの道の姿が心から離れなくなった。

道だけの構図で描けるものだろうとかと不安であった。

しかし、
道のほかに何も描き入れたくなかった。

現実の道のある風景でなく、象徴の世界が描きたかった。

したがって、どこの道を描くといるわけではないのだが、いろんな条件を考えてみると、やはり、種差牧場の道を手がかりにして構成するのが、まとまりがよさそうに思えるのだった。

しかし、その牧場をスケッチしたのは戦前のことで、十数年も前のことである。

はたして、あの道が、あのままの姿で、今でも在るのだろうか。

心細いことであった。

三、翻译短文
僕は美しい別れがないとは思わない。

別れは美しく、甘美なものである。

 だが、それはある年月を経て、思い出した時の感情で、別れそのものの実態とは少し違うような気がする。

 年月というものは、すべてのものを美しくする。

それは魔術師のように巧妙で、鮮やかである。

…………
 それはまさしく、思い込むという言葉が当っている。

年月の風化が、美しいものの過去をすりかえた。

だが、別れの実態はそんな美しい物ではなかった。

互いに傷つけあい、罵り合い、弱点をあばき合った。

とことん、相手がぐうの音もでないほど、いじめつけて、そして自分も傷ついた。

 愛した人との別れは、美しいどころか、凄惨でさえあった。

しかし、それはいいかえると、そうしなければ別れられなかった、ということでもある。

そこまで追い詰めなければ別れられないほど、二人は愛し、憎みあっていた。

 僕は今でも、「君を愛しているから別れる」という台詞を信じられない。

そう
いう論理は、女性にはあるかもしれないが、男にはまずない。

例えば、恋人にある縁談があったとき、「君の幸せのために、僕は身を退く」ということを言う男がいる。

また、「僕は君には価しない駄目な男だ。

君は他のいい人がいるなら、その人のところに行っても仕方がない」という人もいる。

 こういう台詞を、僕は愛している男の言葉としては信じない。

もし男が、相手の女性をとことん愛していれば、男はその女性を最後まで待っている。

もちろん、人によって、表現に少し違いがあろうが、そんな簡単に諦めたりはしない。

その女性を離すまいとする、かなりの犠牲を払っても、その女性を引きとめようとする。

 恋とは、そんなにさっぱりと、ものわかりのいいものではない。

いいどころかむしろ独善的である。

相手も、周りの人も、誰も傷つけない愛などというものはない。

それは、傷つけていないと思うだけで、どこかの部分で、他人を傷つけている。

 愛というのは所詮、利己的なものである。

 だから傷つけていい、という理屈はもちろん成り立たない。

他人を傷つけるのはできる限り少なくしなければならない。

だが、その事から相手のために譲ってもよいという理屈にはならない。

参考答案
一、翻译句子
1. 春天的色彩不管是桃红色还是粉红色,按刚才的想象,也许一切能说成是
绚丽朦胧之色彩。

2. 很愿意为这象征交流和理解的樱花、牡丹祝福,希望她们能够生根,发芽,开花。

3. 但是,就因为简单,其中所蕴涵的我的思想、作品所表现的世界,反倒打动了许多人的心。

许多人的眼光都是把这条路当成自己所走过的路,而对其有一种感慨与回顾。

4. 大概是4月10日吧,我在确定这天晚上就是阴历十五之夜后,就去了京都。

5. 我一下摘了好几片叶子,想要确认一下春天是否真的来了似的,在手掌中翻来覆去地把玩。

我想通过树芽的味道来感觉季节气息的人,可能只有我一个吧
二、翻译短文
我心中有一条路。

这是夏天清晨野外的路。

每当我观看在青森县海岸牧场画下的素描时,眼前便浮现了这条路。

这是一幅可以望及正面山冈灯塔的牧场的素描。

从我想到不妨将那里的棚栏、牧马和灯塔去掉,只画一条路的时候起,这条路的影子就在我心中萦绕。

只有路的构图能成画吗?我惴惴不安不安。

但是,除了路以外,我什么也不想入画了。

我想画的,不是现实风景的路,而是象征世界的路。

画的虽不是某一条具体的路,但考虑到种种条件,我还是觉得以种差牧场的路为线索来构图似乎更好些。

战前我曾将这牧场作了素描。

这是十几年前的往事了。

如今这条路的姿影果真依然如故吗?我心里一点儿底也没有。

三、翻译短文
我并不认为没有美好的分别。

分别是一种美好、甜美之事。

但是,我觉得这些只是经过几年的岁月流逝之后,在回想起时的一种感伤,而它跟分别的实际情形多少要有些差异。

时光岁月可以将所有的事情变成美好的。

它就像一个魔术师一样,既巧妙又鲜明。

…………
这的确可以用依据“深信不疑”来形容,岁月的风化将过去变得美好起来。

然而,分别时的实际情景却并非那么美好。

双方总是相互伤害、对骂、攻击对方的短处。

将对方攻击的连一句话都说不出来,同时,自己也受到了伤害。

与相爱之人分手,非但不美好,甚至可以说是凄惨的。

可是反过来说,这也是若非如此则难以分手之事。

两个人之间既爱又恨,甚至到了不被逼到那种地步就无法分手的程度。

至今,我也不能相信“因为我爱你才分手的”这句台词。

这种情况在女性中也许存在,可是在男性中却不可能存在。

例如,当自己的恋人又有人给其介绍朋友时,有的男子则说“为了你的幸福,我可以抽身而退。

”此外,也有人说:“我是一个配不上你的没出息的人,若是另有合适的人,你即使投入别人的怀抱,我也无话可说。


我不相信这是一个热恋对方的男子所说的话。

如果这个男子真心爱自己女友的话,那么那就会执著到最后也不放弃。

当然,人和人不一样,多少也会有差异但都不会那么坚定的放弃。

他们为了不让对方离开自己,哪怕付出很大的牺牲,也要将那位女友留住。

恋爱并非是那样干净利落、通情达理之事。

非但不通情达理,反而可以说是自以为是的。

既不伤害对方,又不伤害到周围的人,连任何人都不伤害的爱情是
不存在的。

那只是你没有意识到伤害了他人,而肯定会在某一方面有所伤害。

爱情这东西,归根到底还是自私的。

当然,因此就可以伤害别人的道理也是不成立的。

必须尽量减少伤害他人的程度。

然而,也没有为此就可以为了对方而拱手相让的道理。

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