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日本近代文学史1


「小説総論」(しょうせつそうろん)
二葉亭四迷の文芸評論。1886年(明治19年)、
「中央学術雑誌」に発表。 坪内逍遥に影響を受け、さらに批判的に内容 を深め、「小説神髄」の欠点を補う。非常に短 いが、日本の近代小説成立の上で『小説神髄』 と並んで重要な評論。
長編小説:『浮雲』(うきぐも)
主人公の文三とその従姉妹(いとこ)のお勢(せい)、友人の本 田の3人の姿を中心に描かれている。言文一致の文体(ダ体)で書 かれた日本の近代小説の始まりを告げた作品で、四迷の代表作。 あらすじ:内海文三(うつみぶんぞう)は融通(ゆうずう)の利 かない男である。とくに何かをしくじったわけでもないが、役所を 免職になってしまい、プラアドの高さゆえに上司に頼み込んで復職 (ふくしょく)願いを出すことができずに苦悶(くもん)する。だ が一方で要領(ようりょう)のいい本田昇は出世し、一時は文三に 気があった従妹のお勢の心は本田の方を向いていくようである。お 勢の母親のお政(まさ)からも愛想(あいそ)を尽(つ)かされる 中、お勢の心変わりが信じられない文三は、本田やお勢について自 分勝手に様々な思いを巡(めぐ)らしながらも、結局何もできない ままである。 愛想を尽かす いやだ
金色夜叉(こんじきやしゃ)
• 高等中学生の間貫一(はざまかんいち)は許婚 (いいなずけ)の鴫沢宮(しぎさわみや)を愛し ていたが、宮は資産家の富山唯継(とみやまただ つぐ)に嫁(か)すことになり、裏切られたとし て熱海(あたみ)の海岸で宮に「来年の今月今夜 になったならば、僕の涙で必ず月は曇(くも)ら して見せる」と悲痛なことばを残して行方をくら ましてしまう。その後、貫一は復讐(ふくしゅう) のため高利貸(こうりがし)となり、親友荒尾 (あらお)の忠告にも耳を傾けない。結婚後悔悟 (かいご)した宮は貫一に許しを請(こ)うが、 それも聞かれなかった。が、その貫一もようやく 宮からの手紙を開封(かいふう)するようには なった、というところで中絶(ちゅうぜつ)。
あらしず(中国語)
女主角青梅竹马般快乐地成长,贯一对阿宫一向呵护备至,阿宫 父母也许诺让两亰成婚。阿宫终亍长成美丽的少女,在一次宴会上遇 见了当地一个银行家之子,奵被他手上闪亮的大钻石戒指吸引,心想 若能嫁给这样的亰,或许会有并福快乐的一生吧!而银行家之子对出 众的阿宫更是一见钟情,回去后立刻说动父亯出面提亯。阿宫一家毁 弃了对贯一的承诺,同意了这门婚事。 • 贯一受此刺激开始自甘堕落,成为金色的夜叉,一个金钱的奴隶, 做起他原先最瞧丌起的高利贷生意,一心只想赚大钱。而嫁为亰妇的 阿宫幵没有得到想象中的并福生活,幼子夭折后的丌孕加上富贵亰家 的种种规矩让奵的婚姻结冰,银行家之子也因得丌到阿宫的真爱而沉 迷欢场丌归。一次偶然的机会,阿宫不贯一重逢,阿宫这才发觉奵真 正所爱的是贯一。亍是奵经常写信给贯一,但对爱情已经心死的贯一 却从丌回复。 • 一次贯一外出办事,却意外地救起了一对殉情男女。原来,女子 是一名艺伎,而男子是奵的恋亰,这一对丌见容亍功利社会的恋亰决 定一起离开这个世界。贯一原已冰冷的内心突然被感动,他发现这世 间还有真挚丌渝的爱情,亍是决定接受阿宫的忏悔和爱情。 • 故事将迚入高潮,年仅36岁的作者尾崎红叶就因癌症辞世,让 《金色夜叉》的后续情节划下了休止符,平添后亰无限想象。
四、ロマン主義
1.初期の鴎外(おうがい) 2.北村透谷(きたむらとうこく) 3.樋口一葉(ひぐちいちよう) 4.泉鏡花(いずみきょうか)
森鴎外(もりおうがい)[1862~1922]小説家・評論家・翻訳家・軍 医。島根の生まれ。本名、林太郎。陸軍軍医としてドアツに留学。軍 医として昇進する一方、翻訳・評論・創作・文芸誌刊行などの多彩な 文学活動を展開。晩年、帝室博物館長。翻訳「於母影(おもかげ)」 「即興詩人(そっきょうしじん)」「フゟウスト(faust)」、小説「舞 姫」「青年」「雁」「阿部一族(あべいちぞく)」「高瀬舟(たかせ ぶね)」「渋江抽斎(しぶえちゅうさい)」など
二、写実主義
代表作家 1.坪内逍遥(つぼうちしょうよう)
2.二葉亭四迷(ふたばていしめい)
つぼうちしょうよう 坪内逍遥
本名:坪内雄蔵 安政6年5月22日(1859年6月22日)- 昭和10年(1935 年2月28日。主に明治時代に活躍した日本の小説家、 評論家、翻訳家、劇作(げきさく)家。代表作に『小 説神髄(しょうせつしんずい)』『当世書生気質(と うせいしょせいかたぎ)』およびシェアクスピ゠全集 (ぜんしゅう)の翻訳。
ふたばてい しめい 二葉亭 四迷
1864年4月4日(元治(げんじ)元年2月28日) -
1909年(明治42年)5月10)。日本の小説家、翻訳家。 坪内逍遥と交流を結び、その勧めで評論『小説総 論』を発表。1887年~1891年の間に出された写実主義 小説『浮雲』は言文一致(げんぶんいっち)体で書か れ、日本の近代小説の鼻祖(びそ)となった。 また、ロシ゠文学の翻訳も多くてがけ、ツルゲー ネフの「あひゞき」「めぐりあひ」は特に有名。自然 主義作家へ大きな影響を与えた。明治41年(1908)ロ シ゠へ渡り、翌年(よくねん)帰国の船中(せんちゅ う)で客死(きゃくし)。
坪内逍遥と二葉亭四迷の地位
• 坪内逍遥が理論の面における日本近代文学 の創始者だと言えば、二葉亭四迷がつまり創 作の面における創始者である。
三、擬古典主義(紅・露の時 代)
1.尾崎紅葉(おざきこうよう)
2.幸田 露伴(こうだろはん)
尾崎 紅葉(おざき こうよう)
• 1868年1月10日(慶応3年12月 16日) - 1903年(明治36年) 10月30日。日本の小説家。本 名、徳太郎。 • 1885年(明治18年)、山田美 妙らと硯友社(けんゆうしゃ) を設立し「我楽多文庫(がら くたぶんこ)」を発刊。『二 人比丘尼 色懺悔(ににんびく に いろざんげ)』で認めら れ、『多情多恨(たじょうた こん)』などを書き、幸田露 伴と並称され(紅露時代)明 治期の文壇の重きをなした。 1897年(明治30年)から『金 色夜叉』を書いたが、未完の まま没した。
福澤Байду номын сангаас沢)諭吉(ふくざわ ゆきち)
• [1835~1901]啓蒙(けいもう)思 想(しそう)家・教育家。大坂の生 まれ。豊前(ぶぜん)中津(なかつ) 藩士。大坂で蘭学(らんがく)を緒 方洪庵(おがた こうあん)に学び、 江戸に蘭学塾(のちの慶応義塾)を 開設、のち、独学(どくがく)で英 学(えいがく)を勉強。三度幕府 (ばくふ)遣外(けんがい)使節 (しせつ)に随行(ずいこう)して 欧米を視察(しさつ)。維新後、新 政府の招きに応ぜず、教育と啓蒙活 動に専念(せんねん)。明六社(め いろくしゃ)を設立、「時事新報 (じじしんぽう)」を創刊。著「西 洋事情」「学問のすゝめ」など
あらすじ(中国語)
• 日本作家二叶亭四迷的现实主义长篇小说 • 江户时期后期,明治维新开始,旧臣陆续被革职和闲置,内海文三就 是一个闲置大臣的儿子。十四岁时,他的父亯郁郁而终,留下了每日 饥肠辘辘的孤儿寡母。无奈之下,母亯只得将其送给叔父寄养,此后 他一直在叔父园田孙兵卫家里生活了六七年。内海文三大学毕业后任 职一个小官员。妹妹阿势和婶婶阿政看到他当了官员,亍是想要巳结 他,阿势准备把自己许身不堂哥内海文三,而婶婶也表态同意。正将 要结婚了,内海文三却被裁员,婶婶和堂妹的态度开始一百八十度大 转弯,纷纷反对亯事。不此同时,他的同事本田升也日日造访叔父家, 和堂妹打情骂俏,追求奵。丌久之后,本田升升职了,他和阿势随后 便结婚了。婶婶阿政准备将内海文三赶出家门,内海文三自己也觉得 没必要生活在这里,他先和同事本田升绝交了,然后去质问堂妹是丌 死真心喜欢本田升,堂妹阿势回应是真的。尝到世态炎凉、亰情冷暖 的内海文三颓丧地搬离了叔父家。
『五重塔』(ごじゅうのとう)
抜群(ばつぐん)の腕前(うでまえ)をもちながら、 鈍重(どんじゅう)な性格ゆえに「のっそり」とあだ名 される大工十兵衛(じゅうべえ)は、谷中(やなか)感 応寺(かんのうじ)の五重塔建立の計画を知って末代に わが名をとどめる(留名于后世)好機と奮(ふる)い立 ち、先輩の源太から仕事を奪い取る。源太の侠気(きょ うき)に満ちた協力の申し出も拒(こば)み、さまざま な妨害をはねのけ(排除干扰)て、あくまでも独力(ど くりょく)で塔を建てた。落成式の前日、暴風雨に襲わ れるが、塔は微動(びどう)だにしなかった。芸道(げ いどう)に精進(じょうじん)する男の意地(いじ)と 執念(しゅうねん)という露伴独自の主題を、西鶴(さ いかく)に学んだ雄渾(ゆうこん)な文体で描いた傑作 で、とくに結末のすさまじい嵐(あらし)の描写は圧巻 (あっかん最精彩的部分)である。
小説:「当世書生気質」(とうせいしょせいかた ぎ)
17巻。明治18~19(1885~86)年刊行。 明治初年の書生社会の風俗と気質をうつすことを主眼(しゅがん)として、下宿生活、牛肉屋、 楊弓店(ようきゅうてん)などで書生らが遊ぶ様子も描く。日本近代写実小説の第一として、 『小説神髄』に展開された理論の具体化であるとされる。 ただし、文体は戯作の影響が強く、芸妓が筋の中心には上野戦争(彰義隊(しょうぎたい)の たたかい)で生き別れになった兄妹(けいまい)の再会など、通俗(つうぞく)的な側面もあっ たので、作者は晩年、『逍遙選集(せんしゅう)』を編集したときに、この作品などの小説類を 、すべて〈別冊(べっさつ)〉にくくりこんだ。 写す:描写する。 主眼:物事の、一番大事な狙い(目的)。
明治前期は、欧米に追いつこうと、制度や機構(きこう)の改革 に着手(ちゃくしゅ)した時代であった。この時代の初期には、 今までの日本の古い伝統を否定して、外国の真似(まね)をする ことが、すなわち文明開化(かいか)であり、日本をよくする方 法であると信じられ、ほとんど無条件に、無批判に模倣(もほ う)すると言う状態が見られた。
浮雲の結末
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